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津地方裁判所四日市支部 昭和49年(ワ)44号 判決

原告(反訴被告)

伊藤武利

被告(反訴原告)

萩みつ子

ほか一名

主文

原告(反訴被告)は被告(反訴原告)萩みつ子に対し金三八万六七四四円、被告(反訴原告)川戸すゑに対し金一七万四〇〇〇円およびそれぞれにつき昭和四八年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告(反訴被告)の本訴請求中前項を超える部分の債務が存在しないことを確認する。

原告(反訴被告)のその余の本訴請求および被告ら(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じて全部原告(反訴被告)の負担とする。

この判決第一項は原告(反訴被告)に対して仮に執行することができる。

事実

一  当事者双方の求める裁判

(一)  原告(反訴被告、以下単に原告という)

「原告の被告らに対する訴外亡萩良男の交通事故(昭和四八年二月一六日午後八時半ころ桑名市江場町円通寺前を自転車に乗つた同訴外人と原告運転の普通乗用自動車(三重五五ら七五四六)との衝突事故、以下本件事故という)による損害賠償債務の存在しないことを確認する」との判決(昭和四八年(ワ)第一五五号)ならびに「被告ら(反訴原告ら)の反訴請求を棄却する」との判決(昭和四九年(ワ)第四四号)

(二)  被告ら(反訴原告ら、以下単に被告らという)

「原告の本訴請求を棄却する。」との判決(昭和四八年(ワ)第一五五号)および反訴として「第一次的に原告は被告らに対しそれぞれ金八一七万一〇四〇円およびそれぞれに対する昭和四八年四月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え、予備的に原告は被告萩みつ子に対し金六六万〇九三〇円、被告川戸すゑに対し金二七万二〇〇〇円およびそれぞれについて昭和四八年二月一七日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え」との判決および反訴請求について仮執行宣言(昭和四九年(ワ)第四四号)

二  原告の主張

(一)  被告らは、本件事故の後昭和四八年四月一八日訴外萩良男(以下訴外人という)が死亡するや、右死亡は本件事故に起因するものとして、右訴外人の相続人たる地位で本件反訴請求のとおり原告に対しそれぞれ金八一七万一〇四〇円の損害賠償請求権があると主張している。

(二)  本件事故による原告の被告らに対する損害賠償義務は存在しない。即ち、被告ら主張のとおり本件事故により同訴外人が後頭部裂創、左下腿骨折の傷害を負い、入院中同年四月一八日同人が四四歳の年齢で死亡したこと、原告は同事故の加害車を保有し運行の用に供していたことは認めるが、

イ  同訴外人の死亡は心筋梗塞によるもので本件事故と因果関係を欠き、同人の死亡を前提とする損害について原告が責を負う理由はない。同人は山崎病院に入院加療中経過が良好となるや同年四月一七日夕医師の許可なく病院をぬけ出して大量に飲酒して病院に戻り、その夜心筋梗塞で死去したもので、同人は入院前から高血圧で動脈硬化を来たしていたことも、その一因というべきであるがいずれにせよ同人の死亡は本件事故によるものでない。

ロ  更に、本件事故は同訴外人の一方的過失によるもので同事故について原告は無過失、かつ加害車の機能障害、構造上の欠陥もなかつたから、同事故による損害の一切について原告は賠償義務を負わないというべきである。同訴外人は本件事故の際酒に酔つて自転車に乗り、前後左右の確認を怠つて制限速度内で北進していた加害車の直前、然も横断歩道でない場所、を飛び出したのであり、原告としては同事故を避ける方法がなかつたのである。

(三)  以上のとおりで同訴外人の死亡を前提とする損害について原告が責を負う理由はなく、同人の受傷を理由とするそれについても原告に責任はなく、仮に一部その責があるとしても、同訴外人の本件事故に対する過失割合から考えると、被告らは既に保険給付として金五〇万円を得ているから、右給付金額をこえて原告が責を負う部分は存在しないこととなる。従つて反訴請求の不存在の確認を求めるとともにその棄却を求める。

三  被告らの主張

(一)  訴外人は、本件事故により後頭部裂創および左下腿骨折の傷害を蒙り、その結果右受傷を原因として昭和四八年四月二八日死亡した。原告は、右死亡に関する限り本件事故と因果関係がないと主張するが、同訴外人は本件事故により後頭部に強い衝撃を受けており、死亡の前々日一たん自宅に戻つて同月一七日夕に病院に帰つたがその間酒を飲んだ事実はないし、死亡後同訴外人の右首筋に黒紫色の班痕があり、かつ火葬後の頭蓋骨頭頂部から後方左側に黒色に変色した部分があつて生前頭蓋内の内出血の存在が明確に認められたことからすると同訴外人の死亡が本件事故に起因する疑が濃く、特に否定する証拠のない以上右因果関係は肯定すべきである。事故後数週ないし数箇月に致死の結果の発生することも稀でなく、訴外恒川医師の死因判定には疑問が多い。また仮に右訴外人の死亡が飲酒による心筋梗塞ないしは心不全であるとしても、本件事故による受傷によつて長期間飲酒し得なかつたところに急に飲酒したことによつて死の結果を招いたという意味で、即ち通常の飲酒状態を続けることによつて保持し得た健康が入院によつて却つて死の転機を招いたとの意味で、同訴外人の死と本件事故の間の因果関係を肯定し得るし、その寄与度は少なくとも四〇パーセントと評価し得る。

(二)  原告は、本件事故について無過失を主張するが、本件事故現場は、幅九米の市道上の見通しがよく、かつ両側に店舗住宅が並んでいるところに当り、横断者が予想し得るところで横断用の信号、標示もないから、このような場所で自動車を運転する者は左寄り部分を制限時速以下更には徐行する義務があるのに、原告はセンターライン寄りの部分を制限時速四〇粁を遙かにこえる同六〇粁程度のスピードで進行し、その上既に反対側に横断を完了しようとしていた被害者を直前一三米まで認識しなかつた点に前方注視を怠つた過失があり、然も衝突まで制動措置もとらず、発見後ハンドルを左、即ち訴外人の進行方向寄りに切つて却つて危険を増大せしめているのであつて、原告の少なくとも八〇パーセントの過失は否定し得ないものである。本件事故当時同訴外人が飲酒していた事実はなく、同事故についての同訴外人の過失は、せいぜい二〇パーセントに止まる。

(三)  同訴外人は、事故当時四四歳の健康な成人男子で、矢野鋳造合資会社に熟練工として勤務し、年間一五〇万円の収入があつたから、死亡による年間生計費四〇万円を控除しても平均余命二八・一六年、就労可能年数一九年として得べかりし利益金一四四二万七六〇〇円の現価額(ホフマン係数一三・一一六)金相当の損害を蒙つて被告萩みつ子は妻として、同川戸すゑは母としてそれぞれ右金額の二分の一の各金七二一万三八〇〇円宛を相続しているほか、被告らの慰藉料としては各金三〇〇万円を相当とし、同訴外人の本件事故についての過失二〇パーセントを控除して、結局原告は、被告らに対して各金八一七万一〇四〇円の損害を賠償すべきである。

(四)  仮に同訴外人の死亡と本件事故の因果関係が否定されるとしても、同訴外人は事故当時の月収九万円として入院期間六二日間として金一八万円の得べかりし利益を失い、同訴外人の過失割合二〇パーセントを控除した金一四万四〇〇〇円の損害の各二分の一に当る金七万二〇〇〇円宛を被告らにおいて相続し、被告らの精神的苦痛に対する慰藉料としては、被告みつ子は金三〇万円、被告すゑは金二〇万円が相当である。その外被告萩みつ子は、前記訴外人の治療費六五万八九三〇円中保険金五〇万円をこえる部分金一五万八九三〇円を自らにおいて負担し、同訴外人の入院附添のため一箇月給料金八万円を失い、入院諸経費として金五万円の出費を余儀なくされ、以上金二八万八九三〇円の損害を蒙つている。

(五)  よつて被告らは第一次的に訴外人の死亡を前提として各金八一七万一〇四〇円およびこれに対する同訴外人死亡の昭和四八年四月一九日から民事法定利率による遅延利息金の支払を求め、同訴外人の死亡と本件事故の因果関係が否定された場合予備的に原告萩みつ子に対し金六六万〇九三〇円、原告川戸すゑに対して金二七万二〇〇〇円およびそれぞれにつき事故時の昭和四八年二月一七日からの右同率の遅延利息金の支払を求めるとともに原告の本訴請求の棄却を求める。

四  証拠〔略〕

理由

一  本件事故により訴外人が後頭部裂創、左下腿骨折の傷害を受けたこと、右事故によつて入院加療中の同人が昭和四八年四月一八日死亡したこと、右事故の加害車を原告が保有し運行の用に供していたこと、は争いがない。ところで被告らは訴外人の死亡と本件事故との因果関係を主張し、これを窺わせるに足る事情としては、証人田中美枝子、同安田隆雄の各証言、被告萩みつ子本人尋問の結果、成立に争いのない乙第一三ないし第一八の各号証の本文印刷部分、右萩みつ子の尋問結果から成立を認め得る乙第一九号証によれば、訴外人は本件事故によつて後頭部表面にも挫傷を蒙り、直ちに桑名市内の山崎病院に入院したのであるが同部分の外傷は翌日まで包帯から血がにじみ出て、ベツドの敷布を汚す程度であり、その後の死亡までの入院中も時折頭痛がする旨を被告みつ子に洩らし、従前と異る不気嫌さを示すこともあつたこと、死亡直後の訴外人の首筋の後に黒紫色の変色部分があり、火葬後の灰化した訴外人の頭蓋骨の後頭部附近のみが、その余の部分が白色を呈しているのに黒色に変化していたこと、訴外人は事故前は極めて健康体であつて心臓部に特段の障害はなかつたこと、医学上頭蓋内の出血が始つて二箇月間程度生存した後右出血を原因として死去することも必ずしも有り得ないものではないことの各事実が認められるけれども、反面証人恒川晋の証言および右みつ子の尋問結果によれば、訴外人の入院加療は当初の頭部外傷による出血手当を除いては、下腿骨折の加療のみであつて、特別の頭部異常(吐気、発熱)を医師、看護婦等の医療関係者に訴えることもなく、事故前々日に一時病院から自宅に帰つて外泊する程度にまで回復し、入院以後終始頭蓋内の出血を疑わせるに足る徴候は何ら存在せず、医学的に死後の首筋の血管怒張による変色は脳内出血を意味しないことが認められ、若し本件事故によつて訴外人が頭蓋内に出血し、右出血によつて死去したとすると、その間の頭部異常は次第に漸増していた筈であり、事故前々日に一時退院、外泊する程度の回復があつたことが極めて不自然であるという外なく、そうすると前記の外傷程度、一時的な頭痛の訴え、も直ちに本件事故と訴外人の死を結びつけるに足るものとは考え難いし、巷間と角語られているものの、火葬後の頭蓋骨に生じた変色部分の存在が出血を裏づけるものでないことは和歌山大学の永野教授に対する調査嘱託の結果から明らかであつて、結局本件事故が訴外人の死亡の原因となつたことを推認させる証拠はないことに帰し、本件事故と訴外人の死亡の間に因果関係はないと謂わざるを得ない。被告らは入院という環境変化が訴外人の死を招いた点に因果関係が或る程度存在するとも主張するが、右の関係は到底相当因果関係の範囲にあるものとは解し難い。

二  よつて以下訴外人の死亡を前提としない範囲で本件事故による同人および被告らの損害について判断することとする。もつとも被告らは、訴外人の死と本件事故との因果関係の否定される場合の損害を予備的反訴とし請求するが、被告らの主位的反訴は本件事故を原因とする損害賠償であつて、訴外人の死亡が同事故によるものでないからといつてすべての請求が当然に理由を失なうものでなく、受傷を理由とする限度で認容されるものであるから受傷を理由とする損害賠償請求は、本来の反訴と予備的請求の関係に立つものでないというべきである。成立に争いのない乙第四号証、被告萩みつ子の尋問結果によれば、訴外人は昭和四七年の一年を通じて勤務会社から金九七万円を下らない給料を得ており、従つて事故当時の月収として少くとも八万円を得ていたが、本件事故による入院二箇月によつて一六万円の収入を失なつていることが認められ、右入院加療を要する傷害に対する慰藉料としては死亡しなかつた場合のその後の入通院加療の度を加味すると金四〇万円が相当であり、(なお訴外人の前記程度の傷害について被告らが固有の慰藉料を求め得る根拠は薄弱である。)成立に争いのない乙第五号証によつて訴外人との相続関係を認め得る被告らはそれぞれ訴外人の権利の二分の一を相続しているというべく、外に右みつ子の尋問結果によれば、被告みつ子は、訴外人の入院によつて保険給付金五〇万円の外に金一五万八九三〇円の同人の医療費を、更に訴外人の入院期間九〇日分として金二万七〇〇〇円の入院雑費を、各負担し、一箇月の付添によつて同被告の月収八万円を失ない、以上合計金二六万五九三〇円の損害を蒙つていることが認められる。

三  ところで原告は、本件事故についての無過失ないしは訴外人の過失を主張し、成立に争いのない甲第七号証および原告本人尋問の結果によれば、訴外人は本件事故当時飲酒して自転車に乗り、時速五〇粁以上の加害車の直前を漫然横断を始めたのであるが、原告は訴外人が道路(幅九米)のセンターラインを越えた附近に居るのを約一三米の距離で始めて発見し、危険を感じて左にハンドルを切るとともに急ブレーキをかけたが及ばず、加害車の前部右角附近で訴外人をはね、衝突地点から更に八米進行して停車したことが認められ、訴外人の横断に多少の無理のあつたことは肯認し得るが、衝突後の停車までの距離から見て原告のスピード違反(本件現場の規制スピード時速四〇粁)は否定し難いとともに原告の訴外人発見の遅れも本件事故の重要な点であると謂わざるを得ず、訴外人の本件事故についての過失割合が二割を超えることを認めさせる証拠はない。そうすると原告は訴外人の前記損害金五六万円と保険給付金五〇万円の合計金一〇六万円の八割に当る金八四万八〇〇〇円から同保険給付金五〇万円差引の金三四万八〇〇〇円のそれぞれ二分の一に当る各一七万四〇〇〇円と被告みつ子の損害金二六万五九三〇円の八割に当る金二一万二七四四円を同人に賠償すべき義務が残つていると謂うべきである。

四  以上のとおりで原告は被告萩みつ子に対して合計金三八万六七四四円、原告川戸すゑに対し金一七万四〇〇〇円、ならびにそれぞれに対して事故の翌日である昭和四八年二月一七日からの民事法定率(年五分)による遅延利息金の支払義務があるが、その余の被告らの損害賠償請求は理由がないというべきなので、債務不存在の確認を求める原告の本訴請求中右限度についてはこれを棄却しこれを超える部分を認容するとともに被告らの反訴請求は右限度でこれを認容し、その余の部分を棄却することとし、本訴反訴を通じて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を、反訴部分の仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松島和成)

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